Suspicious Prosperity.

疑わしき繁栄

『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』の感想・考察と未来社会。※ネタバレあり

こんばんは、綾繁です。

ITの世界の末席を汚しながら生きている身として見逃すわけにはいかないということで、『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』を見てきました。その感想と、個人的にはガジェットの描かれ方が非常に興味深く感じられたので、それらについても書きたいと思います。

なお、SAOのテレビ版は全話を見たうえでの感想となります。

 

シナリオ:ガジェットと物語の融合、ムダなく構築されたストーリー展開、アニメ版のファンにはたまらないクライマックス

作中の世界で普及している新技術の紹介からスムーズにスタートする本作は、全体を通じて「AR/VR」という新たな技術をエキサイティングなストーリーラインに違和感なく融合させることに成功しているように思われます。

アニメ版の1期である「アインクラッド編」では「クリアするまで逃げられないデスゲーム」という形で登場人物達にこの上ない緊迫感を与えることに成功していました。一方本作はARということで現実世界の延長上にある以上、なかなか登場人物が作中で生じる事件に対して真剣味を持って対応することができないのではないかと危惧していたのですが、「思い出を奪う」というある意味では人生そのものを揺るがす危機に陥っていますし、それを上手いことボスキャラの目的意識(記憶を集めて自分の娘のAIを蘇らせる&娘を殺したアインクラッドの記憶を人々から消し去る)に絡める手腕は見事。

更に言えば、コンサート後の(一般人は知らないうちに命がけとなっていた)乱戦シーンにおける「さっさとオーグマーを外せばいいじゃん」という観客の誰もが抱くであろう意見をあらかじめ予期し、「一般人はこのまま行くと死にかねないことを知らない」「アインクラッドのボスを見かけたら倒すことを考えるよう仕込む」という形で作中の中で解決している点も、大変丁寧にシナリオを作っている印象を受けました。ホント作中の法規制サイドの連中は何やってんだと毎度思いますが…(笑)。とりあえず作中世界のVRやARは人々を危機に晒しすぎです。ただ、ストーリー上致命的な部分に関わっていないのであれば、「そういうもの」として割り切るのも鑑賞スタイルの一つかなとは思います。

作中の出来事の配置もムダがなく、謎のキャラクターエイジの動機を探るという物語のドライブ要因を軸としながら、アスナの記憶が奪われることによる加速、”幽霊”によるヒントの提示、真ボスの存在の示唆…といった形で観客の興味を上手くマネジメントしつつ、最後の盛り上がりの舞台として十分なスケールのコンサート会場、更にそこからアニメ版では見られることのなかった100層のラスボスやそこに集まってくる過去の仲間達など、「美味しい」要素をこれでもかと詰め込んだうえで、決戦シーンを目まぐるしく動くカメラワークで迫力とスピード感たっぷりに見せる、という周到さには脱帽でした。

物語のテーマ性についても、死への恐怖に敗北したエイジ=ノーチラスと、勇気を出したことで死んでしまったユナ、最終的に恐怖を克服することで大切なものを取り戻したアスナ、と対応関係になっており、深みを持たせています。

ガジェット:オーグマーの説得力

洗練されたデザインと利便性

さて、ここからはガジェット「オーグマー」に関する考察をしていきます。

個人的には、まずオーグマーのデザインを取り上げたい。このデザインは奇跡的でさえあると思います。

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 出所)劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-公式HP

このムダのないフォルムと機能性。調べてみたらソニーの細田育英さんというクリエイティブディレクターの方が手がけているとのこと。

wired.jp

まず驚いたのは、ARなのにレンズがない。よくみると、「ダイレクトプロジェクトシステム」と書いてあるので、おそらく網膜に直接投影するタイプのシステムなのだろうと思います。下記の記事が比較的詳しく、わかりやすく書かれているようです。

www.4gamer.net

調べてみると、VR/MRの研究者の大島登志一という方が下記の記事で「網膜走査型ディスプレイ+コンタクトレンズ」なのではないかとおっしゃっています。

originalnews.nico

ちなみに、コンタクトレンズについてもそれはそれとしてARへの活用の研究が進んでおり、どの技術が最終的に勝利するのか興味深く見守りたいところ。

www.nikkei.com

話を戻しますが…このレンズを持たないオーグマーのシンプルかつミニマルなデザインは、ウェアラブル端末のある意味での理想像を体現しています。というのは、基本的に人間は(一部のギークを除いて)余計な端末などウェアしたくないわけで、それが許されるのは「端末そのものが邪魔でないこと」、そして「端末があった方が圧倒的に便利になる/端末がなければできないことをしたい」という条件が揃ったときです。

ところで、皆様は電子マネーはどの程度使われておりますでしょうか。使っている人の中で、多いのはSuicaなのではないかと思うのですが、いかがでしょう。

Suica電子マネーの中でも強いのは「切符に比べて交通機関の利用が圧倒的に便利になる」という本来の目的がそもそも存在するところに「決済”も”できる」という形で電子マネーとしての機能が乗っかっているからだと思われます。決済をしたくて決済をする人はいない(モノが欲しいから決済をする)わけで、決済専用のウェアラブルがあったとして、果たしてそれを使う人はどれだけいるのか、という。Visaがオリンピックで指輪型ウェアラブル決済端末を出したり、QUICPayがキーホルダー型端末を出したりしていますが、一般に普及しているとまではいえません。ツールとしてだけツールを持つのは難しい、という話です。

オーグマーはどうでしょう。作中の演出では、ローソン等の実在の企業の社名とともにクーポンが得られることが強調されていましたが、あれは上記の「圧倒的に便利になる」ことの演出にもなっています。

つまり、オーグマーは生活の邪魔にならない優れたデザイン性と、生活を極めて便利にする機能性の両面で、「ウェアラブルARが普及した未来」というものに説得力を持たせているわけです。

画像認識技術の活用法

ついで、オーグマーの機能の一つである、健康管理機能について。

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出所)劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-トレーラー動画

上記のような、料理を画像認識するシステムは既にいくつか事例が出ています。FoodLogというアプリについては使ったことがある人がいるかもしれません。変わったところでは、パンを画像認識してレジ業務を効率化するソリューション等も登場しています。

www.sankeibiz.jp

www.bakeryscan.com

ただ、世の中に存在するありとあらゆる料理の種類と分量を画像で自動認識してカロリーを弾き出す、というのはなかなかハードルが高いので、もしかするとレストランに入店した際に店舗へのログインをオーグマー上で行っておき、無料ケーキのオーダーをトリガーにして店舗の料理データベースからカロリー等の情報をダウンロードしてきたのかもしれません。限られたデータベースとの画像マッチングであれば精度も出そうですし、分量はあらかじめ決まっているので画像認識で算出する必要もありません。

それにしても、かなりパーソナライズされた情報提供がなされているように感じられます。個々人の状況に応じたサービスが行われることを「便利」と評している様子もあることから、パーソナルデータのデータ活用企業への提供はかなり進んだ状態にあるようです。

個人に関する情報を今後どのように守り、どのように活用していくべきかという話は、IoT(Internet of Things:あらゆるモノがインターネットにつながる状態)の話題がホットであることも相まって、現在政府レベルから民間レベルまで非常に活発に行われています。

itpro.nikkeibp.co.jp

business.nikkeibp.co.jp

一方で、オーグマーのようなかなり生活に密着したデバイスということになると、個人にとってプライバシー性の高い情報も含めた多種多様な情報が日々活用されていそうです。このあたりは将来的にSAOのような未来社会が到来するためにも、うまい落とし所を見つけていってもらえるとありがたいですね。

未来予想図としてのアニメ作品

劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』で描かれている技術は(演出上の誇張は多々あるにせよ)そう遠くない未来に実現可能となるものも多々あります。フルダイブ技術はかなり先でしょうが、AR技術は部分的にはすぐにでも現実世界で登場するのではないでしょうか。

現在、さまざまなIT企業等がこれらの技術も含めて未来を描き、自社の製品として提供しようと頭をひねっています。一方で、アニメや映画のような「物語」に乗せて未来を予想するという試みは、「人々はどのような文脈で、どのようにこのガジェットを活用するのか」という想定利用シーンに対して強い具体性を与え、会議室で唸るのよりも踏み込んだ絵姿を示してくれます

本作は内閣府とのコラボあり、複数の民間企業とのタイアップありと、アニメが現実の社会やビジネスに寄与していく流れとしてもモデルケースになる可能性を有しています。

フィクションと現実がこのようにしてその距離を縮めていったとき、それこそARのような「リアルとバーチャルの融合」が生じるのではないでしょうか。今後は既存の境界が薄れ、さまざまなものがスムーズに結びついては有機的に発展していくような社会が到来するのではないかと、いまからワクワクしています。